池田文庫の概要

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概要

池田文庫の概要

外観の写真この図書館は、1949(昭和24)年、阪急の創始者小林一三(雅号・逸翁)が在住の池田に戦後理想的な地方文化事業創生の夢を描いて開館されました。当時北摂周辺には図書館は一館しかなく、地域住民が切望していた身近な文化施設になりました。文庫の歴史は娯楽場宝塚新温泉内の図書室に遡ります。逸翁は宝塚新温泉の余興として1914(大正3)年宝塚少女歌劇(今の宝塚歌劇)公演を開始。図書室は、その翌年に新設。開架方式で、新刊雑誌や近刊の書籍を揃え、読書が楽しめ、読書に厭きれば歌劇を見、一日を過ごせる工夫をしました。1932(昭和7)年図書室は、演劇資料収集を目指し、宝塚文芸図書館に発展。演劇に関する図書、雑誌、宝塚歌劇の上演資料、歌舞伎資料を多数集めました。池田文庫は、宝塚文芸図書館の蔵書、資料類を引き継ぎ、その後宝塚歌劇に関する網羅的収集、阪急電鉄資料を加え現在図書雑誌約22万冊の蔵書を数えます。2003(平成15)年には、民俗芸能資料を加え特色ある専門図書館となりました。所蔵品の中には近代化産業遺産認定資料、上方役者絵、歌劇のポスター等貴重な実物非公開所蔵品が多数あります。年2回企画展で普段ご覧いただけない資料を中心に公開しています。

池田文庫 創立者 小林一三(逸翁)

創立者 小林一三の写真逸翁は私鉄多角経営の先駆、現在の阪急電鉄、数年で100周年を迎える宝塚歌劇、ターミナル百貨店の始まりの阪急百貨店や映画演劇の東宝を創設した起業家です。今なお功績が語られる、東京の住宅地「田園調布」の開発や東急電鉄の初期の経営に逸翁の力が求められこと。東京電灯(現東京電力)の経営立直しを請われ、後に社長として事業を安定させたこと。これら多忙な事業家の傍ら、戦中戦後の混乱期に商工大臣、戦災復興院総裁をつとめています。一事業家の枠にはまらない多才ぶりを多くの事績(当池田文庫所蔵資料)が物語っています。翁は小説・脚本・随筆・演劇論・経営論等々膨大な著作物を残した著作家でもありました。また茶人として一大境地を開き、同時代の耳庵(松永安左右衛門)や鈍翁(益田孝)と共に近代数寄者と称されました。逸翁が収集した茶道具美術品は一大コレクションとして逸翁美術館に収蔵されています。また翁の数寄者としての交流は各界各層に亘り、その交流の記録、書簡の数々が残されています。当文庫は上述した、逸翁に関する資料の宝庫でもあります。

[PDF]ENGLISH booklet

image:booklet

You can download the English version leaflet of Ikedabunko Library.

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